2018年7月18日

「屁理屈」を間違って使っている人が多い

屁理屈とは論理がガバガバなことである。

事実「屁理屈」をGoogleで検索してみると、


このように出てきます。


この意味を分かっていて「屁理屈」という言葉を使っているのか、もしくは違う意味で間違った認識をしているのかのどちらかだと思うのです。


それで後者はこういう意味だよと教えれば治るのでいいのですが、前者はどうしようもない。

色々な人と話していて思うのは、

自分が筋道の立たない理屈を提示ているにもかかわらず、筋道立てて説明している僕を「屁理屈だ」と言ってくる自分のしている行為を相手がしていると錯覚している人が多いイメージがあります。


自分が屁理屈を言っているのにもかかわらず、それが理解できないのか知らないが、自分が都合悪くなると議論している相手のことを「それは屁理屈だ」と言ってくる人がいるんですね。


僕の配信を見ていればこういう人が出てくるので分かりますよ。


意識的に僕は論を説明する時は根拠を提示しています。

そこには事実しかなく、僕の感情は一切排除されています。

にもかかわらず、いるんですね。


僕はこれがこういうことになっているのはこういう理由があるからだという根拠を提示しながら論理立てて小学生でも分かるかな?と言うレベルで説明するように心掛けているのですが、分からない人がいる。

十中八九そうです。僕の理論が「屁理屈だ」と言って来る人はまず根拠を提示していない。

なぜAなのかと聞いたらAだからだ。

間違った筋道どころか、筋道をまず作ってない。


論理的な物事の説明をしましょう。


例えば本を多く読んでいる人はそうでない人に比べて年収が高い。

ということを説明するときに、これだけなら何の説得力もないただの妄言と受け止められても仕方ないです。

そこでなぜそうなのかという問いに、俺がそう思うからだ!というのは屁理屈です。

本を読む人は年収が高い≠俺の感覚


ここで俺の経験上そうだというのは屁理屈ではないです。

なぜなら統計としては乏しいものの、一応の相関関係は認められるからです。

ですので自分の周りではそうだという理屈は立っている。


信ぴょう性は低いがそれも屁理屈ではない。


屁理屈と言うのは根拠がそれに伴っていないものです。

まぁ、その人の周りの人が実際そうであるというのが事実であるのが前提ですけどね。


これを統計として残している人はまずいないので根拠が成り立たず屁理屈とも言えますが。


ところがどっこい、本を多く読んでいると成績がいい、年収が高いというのはあらゆる研究で出ています。


まず学術的なことで文書が関わらないという場面はありません。


本が中心に回っている世の中なのにそれを使っている人が頭悪い、年収が低いって言うのはよく考えればおかしいということが分かるのではないでしょうか。


僕の場合主観的な感覚でもなく、科学的にこういう研究があったという客観的なデータで母数も多く信ぴょう性が高いものを提示して説明しているにもかかわらずそれを

「筋道が立っていない」「屁理屈だ」と言われるのは言っている本人が無知であるとしか言いようがないので学んでください^^;


このように自分が無知である、言葉の意味を間違えて使っているのも関わらず、自分は正しいと思い正しい人間を否定する人がいるのが本当に呆れるのでそういう人は学習してくださいね^^;


以上。

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